雇わない経営から想うこと(その②)

今回もコロナ禍で雇わない経営に舵を切った社長の事例です。

 

3店舗・社員8名・整体業のA社の一店舗で、店長、中堅社員が相次いで退職しました。理由は、独立開業とコロナ禍で歩合給の支給部分が減ったことでした。そこで、営業体制をどう整えるかの相談が社長からありました。

 

相次ぐ社員の退職に気が弱くなった社長は、この店舗を閉鎖することを考えました。しかし、次の理由から社長が全業務を1人でこなす営業形態(ワンオペ営業)、「雇わない経営」を選択しました。自社所有物件で賃料がかからないこと、一定の固定客がついていたこと、コロナ禍でも新規来店客数は一定水準を超えていたこと、がポイントでした。

 

当初、売上は従前の半分となり苦戦しましたが、SNSの積極的な活用やクーポンシステムの追加導入、社長自身の丁寧な接客による新規客のリピーター化、新メニューの導入による客単価アップ、などで売上も損益分岐点を超え順調に推移しました。

 

しかし、売上の不安が解消された社長は、再び社員を補充し社会に貢献したいという考えも頭にちらつき始めました。苦手な人材育成や、社員への配慮から生じるストレス、最低賃金の急激な上昇や社会保険料の増大などコストへの不安、などのわずらわしさからやっと解放された今では、新規採用については迷いました。

 

そこで、「雇う経営」に切り替えた場合のメリットを整理しました。

コロナ禍で体の不調を訴える患者数は増えており予約を断わらず対応できること、社員に現場を任せることで経営に集中できること、体力が衰えていく中で力仕事を避けられること、などが考えられました。特に注目したのは、若い社員を雇うことで社長自身が刺激を受け成長する機会を得られることでした。社員のエネルギーにより会社に活気があふれ、専門学校で学んだばかりの社員から新しい知識が習得でき、若い感性に触発されアイデアが閃くことで社内が活性化できると感じました。

 

社長は、熟慮の結果「雇う経営」に戻ることにしました。技能職であり人材の補充が難しい職種でしたが、卒業シーズンを控え、社長自身の伝手をたどり社員の補充が出来ました。人を雇うことのメリットが表れるまでにはしばらく時間がかかりそうですが、若さのエネルギーで店舗がより明るい雰囲気になりました。

 

社会全体で雇用を伸ばすためには、企業の大部分を占める中小企業の経営の安定と成長が必要です。職種にもよりますが「雇う経営」か「雇わない経営」で判断に迷う経営者も多いことでしょう。このケースでは、「雇う経営」に戻ることで、より多くの患者を救うという創業時の理念に立ち返ることができました。「雇う経営」が、当初想定したメリットを生み出し、雇用の創出に貢献できるのか検証が続きます。

 

第一法規『Case&Advice労働保険Navi 2022年2月号』拙著コラムより転載